――次の日。 「……。もう嫌だ……」 見渡す限りの緑色。文字通りの草原の真っただ中で、白斗はうめいた。 言うなればそれは、緑色の地獄。 いくら抜いても抜いても、次から次へと生えてくる雑草という魔物。 それが水平線まで届くかと思うくらい、辺り一面に繁茂する。 「……」 しかしそれでも、黙々と引き抜き続ける。 それが自分自身の『仕事』なのだから。 ふと気がつくと、魔物は足元からゆっくりと絡みついてきていた。 振りほどこうといくら身をよじっても、棒を支柱にして成長する朝顔のごとくこちらの身体を締め上げてくる。 手にした草刈り鎌を振り上げようとしても、いつしかそれは錆びて役立たずの鉄くずと化していた。 そしてそれと同時、どこからか秋津さんの声が降り注ぐ。 「早くお仕事終わらせてねー。今日はこの後もまだまだまだまだ草むしりの依頼が来てるんだよー。早く終わらせないと、もうこれからずっと永遠に草むしり業務に従事―― 「……はっ」 春先ながらも全身汗びっしょりになりつつ、ふと現実に引き戻されて顔をうずめていた机から跳ね起きる。 いつものE組の教室内の自分の席。時計を見ると午後四時半。 どうやら授業中に眠ってしまい、放課後になっても誰も起こしてくれなかったらしい。 帰りのホームルームが終わってから時間が経っているせいか、周囲の生徒たちはほんの数人。しかもそれらが全てこちらに不審そうな表情を向けてくるが、特に気にせず席を立つ。 教室内には夕暮れの西日が差しこんできており、それが寝汗の一因でもあるらしかった。 「……」 汗ばんだ制服のシャツのボタンを一つ外しながら、教室内を見回した。 が、いつまで経ってもあのやかましい声が聞こえてこない。 「葵……?」 彼女はもう既に帰ったのか、クレア共々その姿は見当たらなかった。 が、その代わりに、何故か机の上に市内の地図を広げて真剣な表情で考え込んでいる山寺が視界に入ってきた。 「ここは昨日見たし、こっちは室宮妹が行ったはずだから、後は……」 彼がぶつぶつと何事かをつぶやいていたが、大して興味も無かったのでその隣を素通りし、教室を出ようとするが。 「お、やっと起きたな。お前に話があるんだ」 出入り口の扉前に先回りされ、壁に寄りかかるポーズで片足を突き出した彼に進路を塞がれる。 「?」 自身の記憶が確かならば今日は便利屋の仕事は入っておらず暇だったため、眠気覚ましに山寺の話を聞き流すのも悪くないかと思い、再び自分の席に座る。 「なぁ津堂、お前は……『魔人の力』を手に入れたいとは思わないか?」 「思わない」 白斗自身としては毎日の草むしりだけでも大変なのに、せめて今日くらいは安穏と休ませて欲しかった。 その用事は、今日これから予定されている睡眠時間よりも大切なものなのか。 全く、魔人だか何だか知らないが、その程度の一般常識は―― ……。 「……魔人?」 ふと自分の思考の中に、目の前の人物とは決して相容れない単語がある事に気付いた。 「そうだよな、そうだよな! やっぱお前も気になるよな! そう来なくちゃな!」 山寺は実に嬉しそうに手を打つと、喜び勇んで説明を始めた。 魔界からやってきた魔人『ソウルジャグラー』。 彼は出会った人物に力を与える『契約』を行い、その者は絶対的な力を手にする。 そしてその力を手にしたものは……世界をも手にする。 さらに……そのソウルジャグラーとやらが最近、この街に出現したらしい。 「……」 どこから仕入れてきたんだその与太(よた)話、とつぶやく間もなく、相手は限りなく無駄にエキサイトして叫び出す。 「ソウルジャグラー俺も会いたい力欲しいそしたら俺も能力者の仲間入りつまり俺もモテるはずだあぁっっ!!」 「……俺は遠慮しとく」 誰が流したんだそのデマ、と言いたくなるのをこらえ、訳の分からない話を予定通り話半分で聞き流す。 「そうそう、親友のよしみでお前だけに教えてやるよ。ソウルジャグラーと会うにはどこに行けばいいと思う?」 「さぁ」 魔人なんだから魔界かランプの中じゃないのか、と言おうと思ったが話が長くなりそうなのでやめた。 「寄宿舎裏手に商店街があるだろ? そこの一番奥の閉店した店の跡地だよ。そこ行けば会えるんだとよ」 「……何でそんなに身近で具体的なんだ」 しかし相手はそれには答えずに、 「この前俺も一晩中張ってたんだけどよ、何も起こらなかったんだよなぁ」 「……俺は今日もバイトだからこの辺で」 適当に思いついた言い訳を口にし、机の上の地図とにらみ合っている山寺に別れを告げる。 「人形の次は魔人、か。……まさかな」 今日もところにより平和。場所によりお花畑。 そのはず……だった。 昇降口に降りていくと、何やらまくしたてる声が聞こえてきた。 「――というわけで、何か知らない光輝? 知らなくてもいいのよ、知らなくても情報と証拠を根気強く探し出せばいい、ってあたしの知り合いの知り合いの探偵好きの子が言ってたんだから。というわけでまずは聞き込みから調査スタート!」 「……あー、悪いけど俺用事があるんだ。今日もねーちゃんにお使い頼まれちまって。……じゃなー」 そして、誰かが走り去っていく足音。 「あ! 待ちなさいよ! ……じゃあ悠は行くわよね聞き込み調査。もちろん当たり前のように当然のごとく。だって世界が手に入るんだもの」 「私も光輝と同じ。秋津から頼まれた買い出しがあるから無理。悪いけど時雨か兄さんかにでも頼んで」 「じゃ、じゃあそっちの――」 「あー? オレは忙しいんだってーの。今日の部活の居残り練習が終わったら、話だけなら聞いてやるよ。終わんの八時くらいだけどな」 自分と入れ替わるようにして校舎の中へと戻っていく女子生徒、そして光輝の後を追うようにして靴を履き替えた悠をそれぞれ見送ってから、何やら腕を組んで仁王立ちになっている葵へと向き直る。 「むー……。あ、ちょうどいいところに! ねぇねぇ、アンタは『ソウルジャグラー』って知ってる?」 「?」 確か、先ほどの山寺も同じような事を言っていた気がする。 「あたしの情報網に引っかかったのよ。今からソイツに会いに行くんだから! そして目指せ手に入れた力による絶対独裁支配!」 「……」 葵のこれは病気の発作のようなものなので、特に気にせず無言で靴を履き替える。 ちなみに残念な事に治療方法が限られる難病のため、唯一の処置方法はクレアにツッコんでもらう事だけだと白斗は勝手に思っていた。 『……はぁ……』 そしてその処置方法は、いつも通り頭を抱えてため息をついていた。 「ねぇソウルジャグラーについて詳しく知りたいわよね知りたいよね知りたいって言いなさいよじゃあ教えてあげるからお金渡しなさいよよし物分かりがいいわね、って、あ」 「この前五千円札抜かれたのは気のせいか」 独り芝居を続ける葵の手がこちらのサイフに伸びてきた辺りで、それを止める。 『……すまん白斗、あれ五千円じゃなくて一万円だったぞ』 「……あぁ、今日の学食で予想以上に金の減りが早いなと思ってたらそういうことか」 『……ホントすまん』 別にクレアが謝る必要はないのだが、彼女からすれば葵の監督不行き届きなのだろうか。 当の本人は自身のサイフを片手に、よく分からない創作ダンスのようなものを踊っていた。 「まあとにかく、太陽が地平線にかかってから完全に沈むまでの間に、ソウルジャグラーは出現するらしいわね」 『いやホントどこのおとぎ話だそれは……』 「実はソイツって、魔界を追放された魔人らしいのよ。魔人だから太陽が出てる朝昼はダメで、追放されたから夜もダメ。その間の微妙な時間帯しか活動できないとかなんとかかんとか!」 しゃべっているうちに面倒になったのか、相手が語尾を放り投げた。 『……で、どこにいるんだ、その魔人とやらは』 「……うー、それが分かったら苦労しないわよ。……ねぇ、アンタは何か知らないの、って、ちょっと、話くらい聞きなさいよ! 今月分のノルマが達成できないと、おはようライオンに噛み殺されたりキャトルミューティられたりするんだから!」 彼女の発作に付き合ってやる義理はなかったので、無視して昇降口を後にした。 いつもの習慣で、仕事が無いと言われても足が協会に向かっていた。 珍しく空っぽの待合室でソファに腰掛け、部屋中央に設置されているテレビ音声を子守唄代わりにしていると、奥の受付の秋津さんが何かを言いたげに手招きしていた。 「……」 どうせまたロクでもない事なんだろうなと思いつつ、受付口へと顔を出す。 「知ってる白斗くん?」 「何がですか」 事務仕事などどこ吹く風、ファッション雑誌をパラパラとめくりながらクッキーをパクつく。 「魔人『ソウルジャグラー』の都市伝説」 「……流行ってるんですか、それ」 げんなりとしながらつぶやく。 「いやー、本部から送られてきた確かな情報なんだけどね、」 都市伝説が確かな情報なら俺協会辞めます、などとは言えず、秋津さんの説明を黙って聞く。 山寺、葵が言っていたのと同じ『ソウルジャグラー』についての話、そして。 「実は、ソウルジャグラーに会うには合い言葉が必要なんだって! アリのお婆さんとたくさんの泥棒の話みたいでちょっと憧れちゃうよねー」 「……?」 数秒してから、相手の言っているのが「アリババと四十人の盗賊」だと気づいた。 「知りたいかな? 今私機嫌がいいから教えちゃってもいーんだけどなー?」 「……知りたいです」 仮に聞きたくないですもしくはどうでもいいですと答えた場合、確実に無限ループで同じ質問を繰り出してくるのは目に見えていた。 「んっふっふー、合言葉はね……『力が足りない』だよ。できるだけみんなに教えてあげてねー」 「……善処します」 秋津さんと葵は思考回路が似ているのか、よくこんな感じの訳の分からない事に夢中になっている。 それに稀に光輝や自分が混じり、それにクレアがツッコみ、その馬鹿騒ぎを悠と紫苑が呆れて見ている、という構造がいつもの図式だった。 「でもソウルジャグラーに会う場所と時間が分からないんだよねー。誰か知らないかな―」 先ほどそんな事を聞いた気もするが、耳の右から左へと抜けていってしまったため全く覚えていなかった。 「ソウルジャグラーの力を手に入れると、世界の全てが手に入っちゃうんだって。あー、私も一回くらい世界を手に入れてみたいなー。そしたら一生ウハウハで過ごせるのに」 もしこの場に紫苑がいたら、多分「地球儀買ってやるから黙ってろ」とか言うんだろうな、などと思ったりもしつつ。 「そうそう、どうしても買ってきて欲しい物があるんだけど、頼まれてくれないかな?」 「……地球儀ですか」 「ん? 何が?」 皮肉は通じなかった。 「よ、お前も今帰り?」 上司(あきつ)に頼まれた買い物が入ったスーパーの袋を持った悠は、反対側の路地からこれまた何かが入ったビニール袋を抱え込んできた光輝と鉢合わせしていた。 昨日と同じく、二人それぞれで別行動をとっての買い物。 「まったくさ、毎日毎日平和にねーちゃんのお使い。何か他に仕事はないのかって話だよな」 「そう秋津に言っても、単に買い物以外の仕事が増えるだけだと思う」 上司からの連絡は、帰りのホームルームが終わった頃合いに突然割り込んできた。 『今晩はカレー作りたい気分なので具材買ってきて』 悠のケータイを借りて見たその文面を思い返しつつ、光輝がため息をついた、 「あー、これどう考えてもねーちゃんの個人的な用事だよなぁ……」 「私としては用事の内容は別に何でも構わないけど。昨日の帰り、今までの買い物の代金をやっと払ってもらったから」 そう言って、胸中で息を吐く。 カレーの食材を悠が、その他の細々とした品を光輝が分担して調達し、依頼主の元へと持っていこうとしたところ、ちょうど彼に出くわした。 「あー、それにしても暇だよなぁ」 買い物袋を抱えたまま、退屈そうに両手を頭の後ろで組みながら歩く光輝。 「昨日のお前の偽物騒動とまではいかないけどさ、もうちょい多めの頻度で何かしら事件があってもいいよなぁ」 「特に何も無く平穏が一番だと思うけど」 そんな事を話しながら、二人で並んで協会方面へと歩く。 一見すると彼氏彼女の関係のようだが、悠自身はそんな事を考えた事は露ほども無かった。 時雨曰くファンクラブがあるほど――個人的にはとっとと解散して欲しかったが――学年で人気……らしい自分が、昔からの顔馴染みという関係上でも光輝と共にいる時間が長いと、二人は付き合っているのではないかというウワサがいつの間にか流れていた。 そのため、学校で自分の周りに寄ってくる男子は自然と少なくなっていき――それさえどうでも良かったのだけれども――最後には光輝と自分の兄だけが残った。 常に一緒にいても、それ以上の関係に発展する事はないだろう。悠はそう思っていた。 それはおそらく、隣を歩く光輝も同じ事で。 「……?」 そんな事を思いながらふと隣を向くと、彼の制服のポケットから何か金属質の小物のようなものがはみ出ている事に気がついた。 「ああ、これか? さっきねーちゃんのお使いついでに買ってみたんだ」 視線に気づいたのか、ニカッと笑いながらそれを取りだした。 よくよく見ると、複雑な形をした金属の棒が絡みついた物体。 俗に言う、知恵の輪。 「それにしても、ホント難しいなコレ。外したのはいいけど……戻せなくなっちまって」 「貸して」 言うなり、複雑な形の金属の輪を手際良く組み合わせ、元の形に戻してみた。 「お、さっすが学年トップの成績の悠さん。IQも高いんじゃね?」 「あんなの勉強すれば誰でもできると思うけど」 「へいへい、さすが学年トップの成績を維持している天才さんは言う事が違いますねー」 「……」 返そうとした知恵の輪の一部に強く力をかけ、安物の金属の棒を歪ませる。 「うおっ、今度は外れねぇ!?」 「頑張って」 地面に置いていた袋を持ち、一人ですたすたと歩き出す。 と、追いかけてきた光輝が知恵の輪を手で示した。 「これってパッと見、複雑な形だけどさ」 相手が指した部分をよくよく見ると、三本の金属の棒が絡みついているだけの単純な構造。 「ここをこうして……ほい、っと。慣れちまえば簡単だわな」 上機嫌そうに、手で軽く放り投げてからキャッチした。 「ま、三つのキーを合わせた者だけが真理にたどり着く、なんてな」 「……」 無いと書類の処理に差し支えるからジュース買ってきて、と秋津さんに言われてたどり着いた先は寄宿舎裏手の空き地。 元々何の場所だったか判別できないほど草が茂ったそこの道路に面した部分に、一台の自動販売機が設置されていた。 「……」 生い茂った草を見て身震いした。 「……くそ、職業病か」 誰へともなくつぶやき、周囲を見回す。 背後の商店街はとうの昔からシャッターを降ろし、開く気配は微塵も無い。 指定されたジュースは、ただの清涼飲料水のくせに何故か場所限定販売のようで、秋津さんが言うにはここに設置されている自販機でしか買えないらしかった。 「……」 西の方角を見上げると太陽は半分ほど沈みかけ、後十分もすれば街灯のない周囲は真っ暗になってしまいそうな様子だった。 「とっとと買って戻るか」 そうつぶやき、自販機に数枚のコインを押しこんで指定されたジュースのボタンを押す。 「……」 だが、自販機のスイッチは反応するものの、いつまでたってもジュースの缶は吐き出されてこない。 コインの返却ボタンを押しても、数枚の小銭は飲みこまれたまま。 「故障、か……?」 自販機全体をゆさゆさと揺り動かしてみたり、げしげし蹴ってみたり、ごんごん叩いてみたりしてみるが、それでも何も反応がない。 「……」 再びボタンを押す。音すらせず、そしてやはり商品は出てこなかった。 「……」 これで自販機が壊れても中身を出さない方が悪い、と脳内で言い訳し、挙句の果てには助走を付けて体当たりなどしてみる。 だがそれでも自販機は壊れず、商品も金も吐き出さず、その場にそびえ立っていた。 「……」 こうなったら工具を持ってきて破壊しても合法だろうかと半ば真剣に考え込みながら、つぶやいた。 「押し方が悪い、のか? 俺の力が足りないわけでもないだろうし……」 瞬間。 辺りに霧が立ち込め、地の底から響くような音を立てて大地が胎動する。 まるで……何かが現れる前兆のような。 「……」 とっさに、山寺、葵、秋津さんが言っていた事がそれぞれ鮮明にフラッシュバックした。 一瞬してから舌打ちする。 「……しまった」 今ほど自分の迂闊(うかつ)さを後悔したことはなかった。 霧が晴れると、そこに立っていた、いや……そこの空中に浮かんでいた者は。 「呼んだかね、新しい契約者よ」 「……誰だアンタ」 自分の顔がどこか引きつるのを感じつつ、恐る恐る相手に質問してみる。 「我が輩は魔人『ソウルジャグラー』」 ちょび髭にマントを羽織った、ぶっちゃけ胡散臭さを具現化させたような風体の男は、何故か満足そうに告げてくる。 「我が輩を呼んだのは君だな、少年」 「……呼んでない。もし仮に呼んだとしても俺じゃない。……あ、そう言えばさっき祭壇を作ってアンタを召喚しようとした魔術師の格好をした男がコケコッコーとか叫びながらあっち方向に全力疾走していったような記憶が」 適当に思いつくまま口走り、明後日の方向を指差すが。 「馬鹿な事を言うでない。この時間帯にこの場所でその契約呪文を唱える。そんなマネをしているのは君だけだ」 「……偶然だ」 心の中で舌打ちしつつそう返す。 まさか本当に『魔人』なのか。 ……一万歩譲って山寺や葵や秋津さん、そして目の前の相手の言葉を信じるならば、だが。 こちらの困惑を余所に、相手は続ける。 「話を本題に戻すとしよう。我が輩が現れた理由。それは契約のためだ。そして契約の内容とはだな、」 やはり満足そうにちょび髭を片手でさすっている。 「君の魂の奥に眠るチカラ『ソウル』を覚醒させてやろう」 「……」 「ふむ、突然こんな事を言われて戸惑うのも仕方ないか。いいか少年、分かりやすく説明してやるとだな、」 「……」 こちらの無言を肯定として受け取ったのか、自称魔人は『ソウル』とやらの説明を開始した。 いわく、ソウルとは個々人の魂の形ごとに決まっているスペシャルな能力で、それを発動させると世界を手にする力がうんたらかんたら、と。 その能力は使用者の魂の波長により必然的に決定されるなどと続けているが、特にそれには興味がなかったので、あっさりと聞き流す。が。 「……超能力(クオリア)、か」 ふと思い当たることがあり、誰へともなくつぶやく。 光輝の電撃や悠の盾、そして紫苑の不死。 それらはあくまでも『異能』力。 しかしそれとはまた別個の力を備えた能力がある、とかどうとか聞かされた記憶があった。 それらは通常の異能とは一線を画する威力を持ち、文字通り人間を超えたような力を手にする事ができるが、その分デメリットも多いと以前秋津さんが寝ぼけながら言っていた。 いわば『異能力』ではなく『超能力』。 聞くに『ソウル』とやらはその超能力の一種なのだろう。 何にしろ、自分には露ほども必要のないものだった。 「さぁ、少年。我が輩と契約を結び、世界を手に入れるのだ」 「……」 魔人だか魂を弄ぶ者(ソウルジャグラー)だか変質者だか何だか知らないが、力を与えると言っている者に言うべき事はただ一つ。 契約に対しての返事を笑顔で待つソウルジャグラーに、ただこう返す。 「いらないから帰ってくれ」 相手の笑顔が凍りついたように見えたのは、気のせいだっただろうか。 「強大な力におびえるのは世の真理。大丈夫だ少年。猶予をやろう」 「力も猶予もいらないから帰ってくれ」 白斗としては、本日十八時半から始まるテレビ番組の方がよほど興味深かった。 今日は百二話にして、ついにあの熱血主人公にライバルが登場するのだ。 一般的な番組の常識からすると遅すぎる気もするが、カオスな事で有名なあのアニメなら仕方あるまい。 それに今回の作画担当は、顔芸に定評があるとして一部界隈で神のごとく崇められている監督。 これは何としても見逃すわけにはいかなかった。 「意地を張る必要もないのだ。本当の自分の気持ちに向き合ってみてはどうだ?」 「…………」 「どうだ? 今の気持ちを正直に……素直に言ってみたまえ」 「早く帰ってテレビが見たい」 「力を手にする覚悟ができたならば、先ほどの契約呪文を唱えるがよい。我が輩はいつでもどこでも、再び現れようぞ」 魔人はわざとらしく明後日の方角を向き、素晴らしいまでにこちらの言葉を無視すると、その姿は夕闇の中に溶けていった。 「……」 ケータイを取り出そうとして……やめた。 馬鹿らしくて誰かに連絡する気も起きなかった。